2004年12月22日

そもそも序論からmixi内でやって下さい

これは、わたくしにも触れろって言うことだよなあ

とゆうわけで、mixi。

で、別に「mixiが面白すぎて云々」なんてのは、mixiをドラクエ8に置き換えてもたいした変わりは無くて、大事なのは「そんな味も素っ気も無い更新するくらいなら更新しない方がまし」で「更新するならそれをちゃんとネタに昇華しろよ」って事だと思うマス。

で、彼として大事なのはその先の記述、「この続きはmixiで!」に言及してる部分なんですよね。

こんなこと敢えて言っちゃうのは、「この辺りのテキストサイト論は、いつも2、3時間平気で語り合ったりしてる」からなんですが、「変に生真面目」というか「変に潔癖」な日高君には、多分当人にも把握仕切れてない「生理的嫌悪感」みたくなものがmixiにはあって、その得体の知れない何かに突き動かされて、ついついmixiというと、突っかからずには居られない状態になってるんですよね。

で、その嫌悪感というか違和感というかみたくなモノっていうのは、「製作者にとってのサイトの役割」だと思うんですよ。

日高君は「サイトは作品だ」って公言してます。彼にとってはサイトの役割というのは作品の発表の場であるわけです。

わたくしも日高君寄りでして、サイトは一個の作品として成立していないと座りが悪い。ですから「続きはmixiで!」というのは、ちょっと考えられない。

判り辛いかな。

例えば劇場に映画を見に行って「さあクライマックス」という所で、「続きはクローズドの試写会で!」なんて事になったら、普通怒るでしょう。いや、「続きは監督本人から口頭で!」のほうがmixiのイメージには近いかなあ。

映画を劇場に見に行けば最後まで鑑賞できるのが普通なように、「サイトを閲覧できる環境があれば全てを閲覧できる」ということがサイトが作品としてある為には大事なんです。これが「続きはmixiで!」となってしまうってことは、今までその作品を追っかけてくれた人を突然特別な理由も無く選別してしまう。

mixiで何かを展開しておって、「続きは俺のサイトで!」というのなら問題はないのです。大きい器から小さい器に液体を移そうとすれば溢れてこぼれてしまうけれども、小さい器から大きい器に移す分にはこぼさずに移せるわけですから。

結論がmixiでしか見れないなら、そもそも序論からmixi内でやって下さいよって事です。

でも、「サイトはコミュニケイションツールだ」と考えてる人も多いと思います。

例を出しますと、まさにこの文章は日高君の記述への反応という形をとっています。実際に日高君へ反応だけであるなら、彼にメールかなにかでこの文章を送れば良い。ですがサイトは作品であるという立場のわたくしは、同時に不特定の閲覧者を想定してこの文章を書いています。

ですが、日高君だけに向けた(その他の閲覧者は想定してない)文章をメールするのではなく、違和感無くサイトに上げることが出来る人たちも居ます。

そもそも彼らにとっては「続きはmixiで!」と記述することに不快感を示されること自体が想定外でしょう。ハナからmixiで続きが読める人だけを想定してサイトに文章を上げておるのですから。

彼らの目は「サイトは作品である」と考える人たちのように不特定の閲覧者に向いてるのではなくて、特定の閲覧者に向いてます。そのような立場に立てば、「続きはmixiで!」となっても別段問題ではないわけです。というかむしろ効率が良いわけで。

このあたりの齟齬が、日高君やわたくしのmixiへの違和感の正体なんじゃないかなあと考えてます。

で、そもそもの発端となった上海さんのmixiへの記述も、興味深くていろいろ考える所があるのですけれども、こっちはmixiの内部を知らないと微妙に論としての纏まりが持てない様な気がするので触れられない。

投稿者 sera : 2004年12月22日 12:38

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)





Recent Entries

Archives

Recent Comments

Recent TrackBacks